禁じられる遊び

 ロイは、リザを伴いイーストシティから汽車で2時間ほどの小さな街を訪れていた。
 汽車は一時間に一本あるかないかという辺鄙な場所だが、煉瓦造りの家に整備された石畳が印象的な、こじんまりとまとまった町並みは一枚の絵のように美しい。一方で、初めて来るはずなのにどこか懐かしさを感じる優しい雰囲気が漂っている。これがプライベートだったら最高に嬉しいのだが、生憎と軍務の一環。それでも愛しい女性との二人っきりの遠出には変わりがないわけで、町長と昼の会食後街を2時間ほど視察という、比較的楽な任務ということも手伝って、ロイは終始上機嫌だった。そして、それにはもう一つ理由がある。
 時刻がまだ15時を回ったところで予定していた視察はすべて終わり、本日の任務は終了。さてと、とロイはリザを見やった。
「ちょっと図書館を覗いて行きたいんだが・・・・・・」
 リザは頷いた。
 この街にはかつて、国家資格こそ取っていなかったものの高名な錬金術師が住んでいた。本人は随分前に故人となっていたが、彼が残した膨大な書籍は、街の発展に少なからぬ功績を残したという理由から、人口のわりにはずいぶんしっかりした図書館が造られ大切に保管されている。先ほどの会食でその話が出たのを、同席していたリザも聞いていた。ロイが特別書庫の閲覧を望んでいることも。無論視察のコースにその図書館も含まれていたが、軍務の最中に個人的な興味で本を読み耽ることなどもちろん出来ないから、ロイが視察の後に再び訪れたいと言い出すことは、当然リザの予想の範疇だった。
「いいですよ。差し迫った仕事もありませんから急いで戻る必要もありませんし。イーストシティへの最終の汽車は確か19時ですから、それまでということでよろしいですか」
「あぁ、結構だ」
 町長がそれならばもう一度案内すると申し出たのを丁重に辞退して(場所はわかっていたし、ロイはリザと二人きりで街を歩きたかった)、二人は歩き出した。

「・・・・・・しかしこの街は坂や階段が多いな」
「丘陵地帯ですからね、この辺は」
「中尉、手を引いてあげよ・・・・・・」
「結構です」
「うか・・・・・・そうか・・・・・・」

 少しばかり息を切らせながらも迷うことなく目的地にたどり着いて、ロイはあからさまにげんなりした表情を作った。
「しかし何度見ても嫌がらせのようだな・・・・・・」
「先ほど数えたら、103段ありました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 無言で見上げるロイの目の前には、けっこうな勾配の石段が延々と続いていた。リザの歩測によれば、その数は103段。目指す図書館はそれを上りきったところにある。つい一時間前にもさせられた苦労を思い出すと、お宝を眼前にしての苦行に不満の言葉が十や二十は出てきそうになったが、そういえば、とロイは思い出した。子供の頃、こういう階段を見つけるとよくしていた遊びがあったのを。どこかノスタルジィを感じさせるこの街で、昔興じた遊びをリザとしてみる。なかなかロマンチックじゃないか。
「なあ中尉。ゲームをしながら上らないか」
「ゲーム?」
「そう。そうすればあっという間に、しかも楽しく上れる。どうかね?」
 もともとの童顔に、さらに少年のような表情を乗せたロイの気持ちは、リザにもなんとなくわかる気がした。この街がもつ雰囲気のせいだろうと思う。それに、実際リザもなだらかな勾配の上り下りを続けてきていささか疲れていた。そういう形で気を紛らわせるのもたまにはいいかもしれない。
 リザがこっくり頷くと、ロイは満足そうに笑った。そして少しばかり調子に乗ってみる。
「せっかくのゲームなんだ、何か賭けないか」
「賭け、ですか」
 途端にリザは、露骨に嫌な顔をした。ロイがそんなことを言い出すなんて、どうせ勝っても負けても彼には都合のいいようになっているに違いない。即ちそれは、リザにとっては不都合極まりないはず。と思っていたら案の定。
「そうだな、私が勝ったら今夜のディナーに付き合ってもらおう。君が勝ったら私が今晩夕食を奢ろうじゃないか」
「それではどちらにしろ一緒に食事をすることには変わりがないじゃないですか」
 おや本当だな、気がつかなかったよハッハッハ。
 なんてわざとらしくて白々しい。
 それに、ロイとディナーを共にしてそれだけで済むはずがなく。彼の家に連れ込まれるか自分の部屋に押し入られるかはたまたどこぞのホテルに強制チェックインかのオプションがもれなくついてきて、朝まで離してもらえないことはまず間違いない。
 百歩譲ってロイが勝った場合ならばまあわからなくもないが、自分が勝ってもやっぱりそれというのは如何様に考えても納得いかない。思わず眉間に皺が寄ったのを自覚して、リザはそれを指で伸ばした。
「私が勝ったら夕食は結構です。その代わり・・・・・・」
「書類とか、そういう色気のないことはいいっこなしだよ」
「私が近々であなたに望むことといえばそれだけです」
「うっ・・・・・・他にもっと何かないのかね。一晩中手を握っていてとか抱き枕になって欲しいとか一生側にいてくれとか!」
「バカですかあなたは!どこの世界に上官にそんなことをお願いする副官がおりますかッ」
「いや、上官と部下ではなくて、恋人としてだな・・・・・・」
「ではこうしましょう」
 予想以上の剣幕に腰が引けつつもそれでも食い下がってみるロイの言を、リザは戯言とさっくり無視した。
「私が勝ったら向こう一週間はエスケープ厳禁。もし破ったとしたらそのときは・・・・・・」
「そのときは・・・・・・?」
「どうしましょうかしらね」
 頭上の雲ひとつない青空のように晴れやかな笑顔がむしろ恐ろしい。
「それで、肝心なゲームというのは?」
 それでもゲームには乗ってくれるらしい。ロイは気を取り直した。要は自分が勝てばいいのだ。
「君は『グリコノオマケ』というのを知っているかね?」
「いえ、存じません」
「じゃんけんをして、勝ったら自分が出した手に合わせた言葉の文字数だけ進めるんだ。グーだったらグリコノオマケ、チョキだったらチョコレート、パーはパイナップル。それで、先に上に着いたほうが勝ちだ。どうかね?」
「・・・・・・つまりは、勝った方は6歩か7歩進めるというわけですね。わかりました」
 シンプルでそんなに時間もかからさそうですし、と頷くリザに、ロイは内心ガッツポーズを決めた。
 この勝負、もらった!
 生来の勘の良さの賜物かはたまたこれが王者の資質というものか、ロイはじゃんけんに滅法強かった。しかと確かめたことはないが、おそらく生涯勝率は7割を軽く超えている。そういえばリザとはまだじゃんけんをしたことがなかったが、過去の己の実績をロイは信じている。負けるわけがない。今宵はリザと朝までしっぽり。自然ロイの鼻息が荒くなってくる。ロマンチックはいつの間にやら邪な男の性に取って代わっていた。
「準備はいいかね、中尉」
「えぇいつでも」
 二人は手を握ったり開いたりして軽くほぐす。
「それではいくぞ・・・・・・じゃーんけーん・・・・・・」

「「ぽいっ」」

 最初の勝負、ロイはチョキでリザがグー。
「それではお先に」
 目礼すると、リザは軽やかな足取りで7段上った。そこでくるりと振り向いたのに、ロイは余裕の表情で軽く肩を竦めてみせる。
「まあいい。すぐに追い抜かしてみせるさ」
(そう、次私が勝ったら2段・・・いや3段抜かしで行ってやるか)
 別に一歩一段ずつというルールは決めていない。こういうルールの盲点を突くのはロイの得意技だ。
(そして今夜はディナーからベッドまで愛のフルコースだ!)


 だが。
 その気合とは裏腹に、その小狡さがお目見えするときはついに来なかったのである。


「大佐ーーー、聞こえますかーーー」
 はるか頭上から、よく通るリザの声が聞こえてくる。
「あぁ聞こえているッ・・・・・・くそッ・・・・・・」
 ロイは足元の石畳を蹴った。
 ゲームを開始してから10分。ロイはまだ一段たりとも上がれていなかった。ここまで見事に16連敗。
(あ、ありえない・・・・・・)
 スタート地点を一歩も動けないロイを尻目に、リザはどんどん上に上っていく。これでリザの服がせめてスカート、しかもミニならばまた別の楽しみもあっただろうに、軍務でやってきているリザが身につけているのは当然軍服。引き締まった美しいおみ足は青いズボンと黒の軍靴によって完全に隠されている。
(だから女性の軍服はミニスカにしろと・・・・・・!!)
 ついつい握り締めた拳がわなないた。
 追い討ちをかけるように、再びリザの声がする。
「大佐ー、私次で上につきますよーー」
「何を言う!まだまだここからだ!!」
 ロイは精一杯の虚勢を張ると、これまで以上に大きなアクションで腕を振りかぶった。
「いくぞ!じゃーんけーーん・・・・・・」

「グー!!」「パー!」

 ロイは高々とこぶしを突き上げ、そしてリザは・・・・・・ひらひらと手を開いて振っていた。

 

 

この話は結末が二パターンあります(あんま変わんないけど)。好きなほうをお選びくださいな。

→ オチてナンボだろ
→ 背中のかゆぅい甘々?

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