結果17連敗に終わったロイはすっかり意気消沈し、あれほど楽しみにしていた図書館にも、気分が乗らないからと結局寄らないまま、二人は予定よりもだいぶ早い汽車に乗った。一等車両のコンパートメントで、すっかりぶすくれた顔で外を見つめるロイにリザは内心笑いを禁じえなかった。
まったく、あんな子供の遊びにムキになってふくれっ面なんて、本当にお子様なんだから。
「大佐・・・・・・単なるお遊びなんですから、いい加減機嫌を直してください」
「君に17連敗した私の気持ちがわかるか・・・・・・」
「じゃんけんなんて単なる運でしょう?」
「運も実力のうちという言葉がある」
「じゃあこう考えるのはどうですか?大佐は、当分の不運を今日使い果たしたのだと」
「なら君は、当分の幸運を今日使い果たしたことになってしまうな」
はははご愁傷様と、嫌味ったらしく笑った後で、またふうと溜息をついて車窓の外に目を向けてしまった。
まったく、こんなときでも頭はよく回る。仕方がない、こんなときは甘やかしてあげるしかない。
「生憎、私相当幸運の量が多いみたいなんですよ」
「ほほぅ、それはまた羨ましいことだ」
つまらなさそうな口調でロイが問うのを気にせず先を続ける。
「だって、一生を賭けてもいいと思える上官に出会えて、その方も私を必要としてくださるんです」
これってものすごく運がいいことだと思いませんか?
ロイの目が大きく見開かれた。漆黒の瞳に光が戻ってくる。
「一生を賭けてもいいと思える上官って・・・・・・つまり私のこと、かね」
「他に誰が?それに、今夜はまだまだ幸運が続くんですよ、私」
「まだ続く幸運・・・・・・?」
「えぇ、その上官が夕食をご馳走してくださるんですから、これだって幸運でしょう?」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らった顔というのはまさにこういう顔のことかもしれない、思わず吹き出しそうになるくらい、ロイはきょとんとした顔をしてリザを見つめ返した。
「向こう一週間エスケープ禁止だったんじゃ・・・・・・」
「あら大佐、私との夕食はお嫌ですか?」
いたずらっぽく笑うリザに、ロイはものすごい勢いで首を横に振る。
「嫌じゃない!全然嫌じゃないぞ!!」
「なら、今晩はどこへ連れて行ってくださいます?」
「そうだな・・・・・・久しぶりにラ・カスカータはどうだろう」
そこはスタンダードなものからヴィンテージまで、豊富なワインの品揃えが自慢のロイお気に入りの店の一つであり、リザもロイに伴われて何度か行ったことがある。すっかりいつもの調子を取り戻したロイが、あれこれワインの銘柄を並べたてて今日はどれを飲もうかと楽しそうに話すのにうんうんと相槌を打ちながら、リザは確かに自分は幸運なのだと実感する。
一生を賭けてもいいと思える上官に出会え、その人は私を必要としてくれ、そして私が傍にいることをこんなに喜んでくれる。こんなに幸せなことは、世界中どこを探したってないだろう。
イーストシティに到着する前にすっかり注文を決めてしまいそうな勢いのロイに呆れつつも、口許が緩むのをリザは抑えられなかった。
その後、完全に立ち直るどころか、じゃんけんで連敗を喫した自分を慰めろと開き直っていつも以上に執拗なロイにリザが自分の幸運を若干疑うのはまた別のお話。
またこれ以降、ロイがリザにじゃんけんを挑むことは二度となかった。